臨床心理士って心のケアの専門家だよね?
だったら、悩んだり病んだりしないのかな?
「臨床心理士が病むなんて…」と思われるかもしれませんが、心理臨床の世界では臨床家のイメージとして「傷ついた癒し手(Wonded Healer)」という言葉が使われるほど、臨床心理士や治療者が悩み、傷つくことはポピュラーでもあるのです。
この記事では、
・臨床心理士でも病む理由
・臨床心理士が病んだ時にできる対処法
の2つをご紹介します。
読み終えた頃には、「病んでいる自分は臨床心理士にはなれない」と最初から諦めなくても良いこと、あるいは「傷ついてなんかいない」と自分の傷を無視するデメリットが分かります。
臨床心理士でも病む理由
人の心の「病み」をケアする専門家である臨床心理士自身が病んでしまう背景には、次のような理由があります。
もともと「病む人」「傷ついている人」が臨床心理士を選ぶ
冒頭でもちらっとお話ししましたが、スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングは、治療者の在りようとして「傷ついた癒し手(Wonded Healer)」という考え方を提唱しました。
吉岡(2010)の論文からこの傷ついた癒し手について解説した箇所を引用してみます。
患者が自らの心の傷を語り、それが治療者自身の個人的な心の傷と相通ずるとき、治療者と患者の間に無意識的な融合関係が生じ、治療者が患者の前に偉大な「傷ついた癒し手」として立ち現れる(略)これはうまくいくと、治療関係を通じて、患者の心の中に「内的な癒し手」を生み出し、患者の心は癒されていく。治療者は自分が傷ついているからこそ、人の傷つきがわかるし、人が癒されていくプロセスに寄り添うことができるのである。
吉岡恒生(2010)子どもを援助する者の心の傷とその影響 治療教育研究
これは私の解釈ですが、臨床心理士が「傷ついている/病んでいる」けれども、なんとか生き抜いている姿を見て、クライエントさんの心の中にも「自分も自分を癒せる」という気持ちが生まれるのかな、と思います。
また、深く傷つき、悲しんでいる人を前にすると、「私では手に負えない」「近づくとかえって傷つけるのでは」と距離を置いてしまう人は少なくありません。
しかし、臨床心理士がその場に居続けられるのは、自分自身も傷を負い、傷と共にあったからこそ、「きっと大丈夫」と傷に触れることを恐れないからかもしれません。
ただし、この論文は次のように続きます。
しかし、患者の心の傷に触れて、治療者自身克服できていない心の傷が開かれてしまうとき、治療者はその痛みに耐えられなくなって、治療関係に悪影響を及ぼすこともある。
吉岡恒生(2010)子どもを援助する者の心の傷とその影響 治療教育研究
例えば、父親との関係についての悩みを克服できていない臨床心理士が、「父親に困っていて…」という相談を受けると、
・過剰に自分と重ねて分かったつもりになる
・自分の課題をクライエントさんに肩代わりさせることが目的になる
・「私はそんなことで誰かに相談しなかった!」とクライエントさんに厳しくなる
など、冷静に対応できなくなることがあります。
傷ついていること自体は問題ではないけれど、傷ついている自分に気づいていなかったり、ケアしていなかったりすることは大問題…ということです。
「役に立ちたい」という気持ちが強すぎて限界を超える
臨床心理士に限らず、対人援助職につく人は「人の役に立ちたい」という気持ちがとても強い傾向があります。
しかし、その気持ちが強すぎるあまり、自分の心や身体の限界を超えて尽くしすぎ、最終的には「燃え尽き症候群」などになってしまうことも。
自己犠牲の精神は美しいようですが、
・自分の心や身体に責任を持てていない
・自分が倒れた後、どれほどクライエントさんが傷つくか想像できていない
という点で、少なくとも臨床心理士として適切な行動とは言えません。
「この人ならきっと助けてくれる」と信じて寄りかかった臨床心理士が倒れてしまったら、クライエントさんは「誰かに助けを求めると、その人まで巻き込んでしまう」と深く傷つき、次に誰かに助けを求めることを諦めてしまうかもしれません。
私たちは「犠牲」になるのではなく、「生き残る」ことが大切なのです。
臨床心理士が病んだ時にできる対処法
臨床心理士がクライエントさんと共に生き残るために必要な、自分の「病み」や「傷つき」に対処する方法をご紹介します。
カウンセリングや教育分析で自分の「病み」「傷つき」をよく理解する
少なくとも臨床心理士は「自分が何に傷つき、病んでいるのか」を理解し、解決はできなくても抱えられる程度に克服しておく必要があります。
そんな自己探求にぴったりの方法と言えば、やはり私たちが取り組んでいる「カウンセリング」でしょう。専門家の訓練としてカウンセリングを受ける「教育分析」でも良いと思いますが、何らかの形で自分自身を見つめる時間をしっかり確保することが大切です。
私もカウンセリングは受けたことがあります。
泣いたり、怒ったり…自分の中に「こんな感情があったのか!」と気づく良い機会でした。
今も「自分もああいう治療者でありたい」と感じています。
クライエントさんの力を信じる
臨床心理士は「役に立ちたい」という気持ちが強いあまり、クライエントさんを「私が支えないと」と気負いがちです。しかし、
・クライエントさんを支えること
・臨床心理士が全て背負うこと
の2つは違います。
いつまでも臨床心理士がクライエントさんを背負っていたら、重くて嫌になってしまうでしょう。あるいは「背負い続けたい」という気持ちはあっても、身体がついてこなくなるかもしれません。
それよりも、クライエントさんが転ばないように隣で一緒に歩く方が良いかもしれません。
他の人に「今日は私は休むので、その間はお願いね」と任せることも必要ですし・・・。
クライエントさんの元気が戻れば、走り回るのを見守るのも大切な仕事となるでしょう。
どれだけ弱々しく見えるクライエントさんでも、人生を進んでいく力を秘めていることを信じられれば、臨床心理士が潰れるまで背負う必要はないことに気づけます。
そして、自分1人でなく、たくさんの人でクライエントさんを支えられれば、万が一、自分に何かが起こっても、途切れない支援を届けられます。
「自分がいなくなった先」を考えるのも、専門家としては不可欠ではないかと思うのです。やっぱり、ちょっと母子関係みたいですよね。心理臨床って。
むしろ、クライエントさんに「支えられている」と気づくこともたくさんあります。
治療者とクライエントさんは上下関係ではなく、対等で、お互いの尊厳や人間性を認め合う関係です。
まとめ
ここまでの話をまとめてみます!
この記事では、臨床心理士が病む理由と対処方法を解説しました。
臨床心理士でも病む理由には、
・もともと「病む人」が臨床心理士を選ぶ
・「役に立ちたい」という気持ちが強すぎて限界を超える
という2つがあります。
また、臨床心理士が病んだ時にできる対処方法としては、
・カウンセリングや教育分析で自分の「病み」をよく理解する
・クライエントさんの力を信じる
の2つをご紹介しました。
完全無欠の臨床心理士より、多少傷ついていて、それでも一生懸命な臨床心理士の方がクライエントさんの助けとなることもあります。
自分の傷つきも魅力もよく理解した臨床心理士になれるとステキですね。
臨床心理士の仕事は「きついなぁ」「つらいなぁ」と感じることも多いですが、やりがいや魅力もあります。「きつい」を超えて続けられる理由については、下の記事にまとめていますので、ぜひ!
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