臨床心理学系の大学院を検討している学生さんから、このような質問をいただきました。
今回はこのご質問をもとに
・そもそも大学院や研究室を選ぶ方法とは?
・精神分析の初歩を大学で学ぶのはコスパがいいのか?
の2点を回答してみたいと思います。
臨床心理士・公認心理師の大学院を選ぶときの最優先事項とは?
そもそも大学院や研究室は「研究内容」で選ぶ方がよさそう
臨床心理士や公認心理師の大学院といえども、大学院は「研究」をメインに行う機関です。そのため、まずは「何を研究したいか」で選ぶ方が良いと思います。
大学院を修士だけで修了するとすれば、
M1:あらゆる実習と演習で「カウンセリングの基礎の基礎」を学ぶ時間が2 分の1、文献購読や各種勉強会などが4 分の1、研究方法の習得が4分の1、雑用もちょこちょこ…。
M2:修論と学会発表みたいな「研究」が3分の2以上、残りの3分の1は附属相談室でのケース・非常勤・勉強会など。
で、あっという間に終わるイメージです。
要するに、大学院の多くの時間は「研究」に費やされる訳です。
ですから大学院生活では「研究したいことが研究できるか」がかなり重要なのです。
大学院のなかには研究ではなく「実践・実習」を重視する「専門職大学院」もあります。
令和5年4月1日時点で、臨床心理士資格認定協会が認めている専門職大学院は次の5校です。
九州大学大学院人間環境学府 実践臨床心理学専攻(専門職学位課程)
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士養成大学院認証事業」より
鹿児島大学大学院 臨床心理学研究科 臨床心理学専攻(専門職学位課程)
帝塚山学院大学大学院 人間科学研究科 臨床心理学専攻(専門職学位課程)
広島国際大学大学院 総合人間科学研究科 実践臨床心理学専攻(専門職学位課程)
帝京平成大学大学院 臨床心理学研究科 臨床心理学専攻(専門職学位課程)
教授との相性もよく考えて
大学院は大学に比べて、教授や准教授との距離が近くなります。
学会発表や修論でも「発表内容チェックしてください」「論文を見ていただけますか」とこまめに指導を受けなければなりません。
それなのに自分と相性の合わない教授の研究室に入ってしまったら、「臨床心理士(公認心理師)になりたい」という気持ちと「研究室を辞めたい」という気持ちの間で、かなりつらい2年間を過ごすことになります。
教授の性格をよ~く見極めましょう。
臨床心理士や公認心理師になるための学びを深める中で、自分自身の心が揺さぶられることは少なくありません。そんな不安定な心も理解し、支えてくれる先生がいると本当に救われます。
私は研究室の先生には、心も卒業も、なんなら命も救われたと思っているので頭が上がりません…。
大学院を学びたい心理療法で選ぶのはOK?NG?
大学院を学びたい心理療法で選ぶこと自体は問題ないと思います。
ただ、入学前に「やりたい」と思っていたことと、入学後に「やりたい」と思うことは意外と変わります。
心理療法を学ぶうちに「な~んだ、こんなもんか」と嫌になってしまうこともあります。
なので、あまり決めつけすぎないことも大切です。
私はM1の最初の最初は河合隼雄先生の影響もあって「ユング派で行こう!」と思っていましたが、入学して素敵な先生・先輩に出会い、「精神分析を学びたい」と思うようになりました。
精神分析の初歩を大学で学ぶのはコスパ・タイパがいい?
初歩と言えるほど学べることはない
大学院の授業だけでは精神分析に限らず、個別の心理療法を習得することはほぼできないと思います。「そういう心理療法があるのね」という知識が院試の頃より多少増える程度かと。
ケースカンファレンスで様々な流派の先生のコメントを聞けるくらいでしょうか。
あと、研究室という枠を超えて参加できる「精神分析研究会」という研究会が月2回ほどあったので顔を出していましたね。
私自身、精神分析の勉強は大学院で教わったというよりも、先生や先輩に勧められる本を自腹で買ってせっせと読み、各地の研修会やケースカンファレンスに自腹で参加し、精神分析の先生によるSVを自腹で受け…という感じでした。
大学院から精神分析を学ぶにしてもコスパはそんなに良くないのでは?と思っております。
でも、精神分析の先生と気軽に(?)話せるのは大きなメリットかも。
大学院を出てから「あの頃はアポイントさえ取れば気軽にお話しできた〇〇先生も、今となってはお会いするのに5000円の研修料が必要なのだな…」と感じることが多々ありますので。
「個別の心理療法が学べないなら大学院は何やっているの」という感じですが、大学院ではどの心理療法に傾倒するにせよ必要となる「心理臨床家としての在り方」をとにかく学んだように思います。
ただ、これは私の大学院ではそうだったなぁ…という感じです。他の大学院ならもっと手厚く心理療法も教えているのかなぁ…???
どの心理療法も本気で学ぶのは時間的にも金銭的にも大変
精神分析を本気で学ぶのはもちろん大変です。
日本精神分析協会によれば、
- 医学部卒業、あるいは大学院を修了
- 5年以上の臨床経験
- 日本精神分析協会での一般演題水準以上の口頭発表1回以上
- 2名の精神分析家の面接
- 精神分析家候補生志願者は週4回以上の審査分析を1年間(精神分析的精神療法家研修生志願者は週1ないし2回以上)※審査分析≒教育分析みたいなもの
- 訓練に入るにふさわしいと委員会の承認を受ける
この6ステップを経て初めて「精神分析家候補生」や「精神分析的精神療法家研修生」になれるとのこと。
また、この後も
・2年以上の訓練分析
・2年以上のスーパービジョン
・セミナー受講
・精神分析症例発表を素材にした臨床論文の提出
・書類審査と面接審査合格
を経て、やっと「精神分析家」や「精神分析的精神療法家」の資格を得られるのです。
しかし、大変なのは精神分析に限りません。
日本認知・行動療法学会が認定する「専門行動療法士」も
・日本認知・行動療法学会の会員歴が5年以上、あるいは認定行動療法士資格取得後2年以上ある
・学会が主催する行動療法に関する研修を、延べ30時間以上受けている
・学会で研究発表を1回以上行っている
・行動療法に関する研究論文を1編以上公表している
といったステップを経て、ようやく取得できます。
精神分析家よりは時間的な負担は軽いのかもしれませんが、それでも容易になれるものではありません。
もちろん、これらの資格取得を目指さず精神分析を学ぶにせよCBTを学ぶにせよ、クライエントさんと出会えば出会うほど「今のままじゃいかん!」と感じ、日々研鑽するために本を買い、研修に参加し、SVを受けていれば、お金も時間もどんどん飛んでいきます。
つまり、どうあがいても臨床心理士や公認心理師として働く以上、お金も時間もかかるということ。
なので、精神分析の方が卒業後に自力で学ぶのが大変そうだから…とかはあまり気にせず、コスパやタイパが悪くてもやりたいことをやるのが吉ではないかと思います。
終わりに
私が今回の質問文を読んで最初に思ったのは「大学院での学びに『コスパ』を考えたことなかったなぁ!」という新鮮な驚きでした。
効率的に学ぶことは大事です。大学院は本当に時間がない。2年間なんてあっという間です。
ただ、大学院で扱うのは「心」です。「心」はコスパと相反するものです。
彼女に振られたときに「じゃあ次の女にアプローチしよう」というのがコスパの良い態度ですが、心はそうはいかないはずです。いつまでもうじうじするでしょう。
それくらいコスパが分かっていても動けない「心」を扱うので、大学院で学ぶこともコスパとは別の次元にあるように思います。
まずはコスパが悪くても「仕方ない」と思えるくらい、やりたいものを見つけてみてください。
また、質問者さんのコスパ意識は「大学院」ではなく、「就職」の際に活用した方が存分に生かせるのではないかと思います。
就職先によっては、研修費用を負担してくれたり、外部SVを会社が呼んでくれたりして、金銭的負担を軽減できますぞ!
コスパの良い就職先を選んでください!
質問者さんのコスパ意識は、心にじっくり時間をかけて寄り添うために、不要な慣習や雑用を減らすことにも役立てるかもしれないなぁ、とも思いました。
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