処遇カウンセラーとして再犯防止指導に関わっていた臨床心理士が見る性犯罪者

働き方

最近、こんなツイートを見ました。

このツイートには犯行までのLINEの文面のスクリーンショットもあって(現在は削除されている?)、それを見ていると言葉にならない黒いモヤモヤが心に浮かび上がってきて、つらくなってきました。

被害者(今回は未遂だけれども十分に被害者だと思います)の方が感じた苦しみのほんの一部なんでしょうけれど。

私がこんなにモヤモヤしているのは、私自身が処遇カウンセラーとして、性犯罪で受刑している方の再犯防止指導に携わっていたからかもしれません。

今回は、モヤモヤを少し形にしたくてブログに書きなぐってみます。

このブログは「加害者」や「受刑者」の支援についての内容となっています。

「犯罪者がこんなに手厚い支援を受けるなんて許せない」「加害者より被害者の支援に力をいれるべき」という方もいらっしゃるでしょう。

それでも、私は被害者の方にも意味がある仕事だと思っています。

ただ、読んでいて苦しくなる方、辛くなる方は、無理せずブラウザバックしてください。

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処遇カウンセラーとして何をしてきたか

そもそも処遇カウンセラーとは?

処遇カウンセラーは刑務所や拘置所にいる受刑者の方に対して、

・カウンセリング:受刑生活の中で不安定さが見られる方へのカウンセリング業務

・再犯防止指導:薬物や性犯罪といった再犯率の高い犯罪で受刑している方に対し、再犯しないための「教育」を提供する

といった仕事をしています。

そして、私は性犯罪再犯防止指導に関わってきました。

性犯罪再犯防止指導とは?

性犯罪再犯防止指導について、「平成30年度再犯防止推進白書」にまとめられていましたので、貼り付けてみます。

私が処遇カウンセラーとして働いていたときは、

・指導者:刑務所の職員さん(法務教官さん)と私(処遇カウンセラー)

・参加者:受刑者6~8名

で、車座になって、実施していました。

受刑者の方はバリエーション豊かで、20代前半の人もいれば、50代後半の方もおり、犯行時に学生だった方もいましたし、結婚されている方も、社会的地位のある方もいました。

基本的には認知行動療法に基づき、

・どんな認知(考え方)が性犯罪につながっているのかを探る

→認知の修正方法を学ぶ

・性犯罪を起こした当時に投げやりになるような要因がなかったか探る

→ストレスがあった=ストレスコーピングを学ぶ

→対人関係がうまくいっていない=SST(ソーシャルスキルトレーニング)を行う

・性犯罪で何を満たそうとしていたのかを探る

→満たそうとしていたものを満たせる別の方法を知る

などなど、時間をかけてじっくり行っていきます。

認知行動療法の専門的な知識については一方的に伝えることもありますが、基本的には指導者も参加者もフラットに対話していくことが重視されます。

性犯罪再犯防止指導の実際については、こちらの記事による体験談がかなり詳しかったので、興味のある方はぜひお読みください。

懲役13年の性犯罪者が体験を語った刑務所の治療プログラム(篠田博之) - 個人 - Yahoo!ニュース
2017年の刑法改正で性犯罪厳罰化がなされたが、この間の議論で触れられていない問題が気になる。再犯防止のためには治療が必要で、刑務所で取り組みがなされているのだが、その実態がほとんど知られてないのだ。
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処遇カウンセラーとして受刑者に出会って何を思ったか

とにかく【女性】というラベルでしか見てくれない

性犯罪の処遇カウンセラーとして再犯防止指導に参加する初回。受刑者の人たちは、

・私に笑顔を見せて余裕感を出す人

・私を全く見ない人

に二分されます。

性犯罪の受刑者の多くは、「女性」に対する加害を行っています。

「だったら女性である私のことを軽く見ているのか」というと、まぁそういう人もいますが、大抵の場合は、「非常に怖がられている」と感じます。

性犯罪のタイプにもよりますが、性犯罪をする人は、被害者の個別性は見ていません。「女性か、そうでないか」、あるいは「泣き寝入りしそうか、そうでないか」くらいのざっくりとした情報しか気にしていないのです。

ですから、私という人を前にしても「女性」というだけで、「被害者」のこと、つまり自分の「加害」のことを突きつけられる気になるのでしょう。

そのため、「加害のことは受け入れているし、女性とも平気で付き合える」という風に見せたい受刑者は、私に対して余裕感を出しますし、「加害を認めたくない…責められたくない…」という人は私の目を徹底的に避けます。

彼らに「私は単なる【女性】ではなく、【佐藤】という1人の人間なんですが」ということを分かってもらうには、なかなか時間がかかります。

かつて被害者だった人たちが多い

再犯防止指導を重ね、彼らの話に耳を傾けていくうち、「あぁ、この人たちは、かつて被害者だったんだな」と感じてきました。

・虐待を受けていた人

・いじめを受けていた人

・パワハラにあった人

・過去に性被害を受けた人

・知的障害や発達障害で社会から弾かれてしまった人

大なり小なり彼らはかつての被害者。でも、その被害は無視されてきたし、本人も無視してきたんだなぁと思います。

その無視してきた被害を

「自分は我慢できたから他の人も我慢できる」

「こんなの自分に比べれば辛くないはず」

など、自分勝手な理論でぶつけてしまったり…

過去の被害を見ないようにするために、興奮と刺激に満ちた性的活動にのめり込んだ結果、エスカレートして性犯罪につながってしまったり…

いつしか、かつての被害者は「加害者」になっているのです。

加害者になった以上、行動の責任はとらなければなりません。それを「被害者だったから仕方ないね」で済ませることは、それこそ、彼らを1人の大人として認めていないことになりますから。

それでも、かつて被害者だった部分をちゃんとケアしてあげないと、結局は再犯につながってしまうという難しさもあります。

優等生のフリをしたがる

ようやく私を「女性」でなく、1人の「佐藤」として見るようになったと思う頃には、受刑者の方は指導者や他の参加者に褒められようとし始めます。

「褒められたい」を動機に、前向きに取り組んでくれるのは良いことですが、それは「再犯しない」という目的ではなくて、「この場で認められたい」というだけなので、表面的な「優等生」な発言をただ褒め続けることにはあまり意味がありません。

どうやって本音に向き合っていくかも大変です。

性犯罪の受刑者さんは、往々にして社会でも受刑生活でも「優等生」です。そのため、性犯罪が発覚して「あの人が?!」と思われることも多々あります。

「優等生」でいるために抑えつけたものを影で発散しているのが性犯罪ということも少なくないのです。

これは虐待やDVをする男性にもよく見られる特徴のような気がします。

被害者のことを考えるつらさ

ツイートを見て、私がモヤモヤとしたのは「被害者をリアルに受け止めてこなかった自分に直視させられた」と感じたからかなと思います。

これまで性犯罪再犯防止指導のことを書いてきて、お気づきの方もおられるかもしれませんが、私は「被害者」のことを全く書いていません(自分が「被害者」に重ねられるということは書きましたが)。

それは、被害者のことを直視すると、受刑者には関われないからかもしれません。

再犯防止指導をするにあたって、参加者がどんな犯行をしたのかという資料には目を通します。目を覆いたくなるような事件の数々。その被害に遭われた1人1人を直視してしまうと、目の前の受刑者のことなんて考えられません。彼らの背後に確実に存在している被害者ばかりを見てしまいます。

だから、被害者のことはドラマや映画の出来事のように、リアルさを多少減らした形で私の中にしまわれます。

専門家としてはこれが私の限界だったと思います。被害者に寄り添いつつ、加害者支援もできる人もきっといるのでしょうが、私はまだまだ未熟です。

けれど、どこか被害者に寄り添わないことを非人道的と思われるのではないかという不安や怖さはあります。

ツイートの方は被害者支援に力を入れていて、とても立派です。「非の打ちどころがない!」と私は思います。だからこそ、加害者を支援していた自分はつい小さくなってしまうのです。

「私はこんなにも堂々と自分のやったことを言えないな」と。

これは社会に出た後の性犯罪受刑者と同じような感覚なのかもしれません。それほど性犯罪は憎まれているし、性犯罪者の加害者側に立つようなことを言うのは怖い。

だけど、加害者のことを「気持ち悪い」「特殊な人たち」と、完全に自分と関係ない存在にしてしまうと、性犯罪はまたBlackBoxに閉ざされてしまう。

加害者は「鬼畜」や「獣」のような所業をしているけれど、私たちと同じ「人間」だ。「鬼」や「獣」ではない。そこが本当に苦しいけれど、でも同じ「人間」だからこそ救えるものもある。

だから、まぁ堂々とはいかなくても、何かを言いたくて、このブログを書きました。

最後に

性犯罪は悪いことです。それは何があっても揺らぎませんし、この記事も性犯罪を庇う目的で書いている訳ではありません。

むしろ「誰にも性犯罪を起こしてほしくない」し、「誰にも性被害に遭ってほしくない」と私は思っています。

それが伝わるといいな、と思います。

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