臨床心理士は「心」を扱う専門家です。
気持ち悪く感じる人もおられるでしょうが、「専門家」という肩書きには権威があります。臨床心理士はクライエントさんと対等のつもりでも、クライエントさんにとっては苦しみから逃れたいと、その知識や技術にすがる思いでしょう。
そのため、臨床心理士がその弱みにつけこみ、クライエントを自分の欲求や利益のために「消費」しようと思えば、それは容易く実現します。
臨床心理士がクライエントにとって安全な存在であり続けるために、日本臨床心理士資格認定協会は、臨床心理士が遵守すべき「倫理綱領」を定めています。
今回はそんな臨床心理士の倫理綱領と起こりうる処分について解説します。
臨床心理士がどんなことに気をつけながらクライエントさんと向き合っているか知りたい方にもおすすめです。
臨床心理士の倫理綱領とは?
臨床心理士の倫理綱領は、前文と10個の条文で構成されています。
臨床心理士倫理綱領:前文
まずは前文から確認してみましょう。
臨床心理士は基本的人権を尊重し、専門家としての知識と技能を人々の福祉の増進のために用いるように努めるものである。そのため臨床心理士は常に自らの専門的業務が人々の生活に重大な影響を与えるものであるという社会的責任を自覚しておく必要がある。したがって自ら心身を健全に保つように努め、以下の綱領を遵守することとする。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
ちょっと長いですが、簡単にまとめると…
・基本的人権を尊重しよう!
・知識や技能は人々が幸せになるために使おう!
・心の仕事は真剣にやらないと、人々の生活に重大な影響を与えるから、ちゃんと社会的責任を自覚しとけよ!
・心と身体を健全に保つのも仕事やで!
という4つを伝えています。
あと、クライエントのことは倫理綱領内では「来談者」と書いているので、前文での「人々」はクライエントに限らず、国民すべて…というイメージなのかなと思います。
クライエント以外の人々も将来的にはクライエントやその関係者になりうる「潜在的なクライエント」なので、当たり前といえば当たり前かも。
臨床心理士倫理綱領:条文
今度は10個の条文を順番に見ていきましょう。
1~10までの条文を引用して、私なりにかみ砕いていきます!
第1条 責任
臨床心理士は自らの専門的業務の及ぼす結果に責任をもたなければならない。その業務の遂行に際しては、来談者等の人権尊重を第一義と心得るとともに、臨床心理士資格を有することに伴う社会的・道義的責任をもつ。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
自分で責任を取れないことはしたらダメ!
テキトーなことしてめちゃくちゃな結果になったら、それはクライエントじゃなく臨床心理士の責任!
クライエントの人権が1番大事だから、臨床心理士として社会的におかしくないか、臨床心理士としての道を踏み外してないか考えて仕事しなさいよ!ってこと。
第2条 技能
臨床心理士は訓練と経験により的確と認められた技能によって来談者に援助・介入を行うものである。そのため常にその知識と技術を研鑽し、高度の技能水準を保つように努めなければならない。一方、自らの能力と技術の限界についても十分にわきまえておかなくてはならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
臨床心理士として仕事するんなら、「この人にはこれ!」って根拠のあるアセスメントができるように訓練や経験を重ねて、クライエントに的確な援助・介入しなさいよ。
そのために知識や技術を高めて「いつでもいけるで!」という状態に保つよう頑張れ。
でも、無理なことは無理って言えるのも専門性!自分の能力と技術の限界をわきまえて、無理なものは他の人や機関にリファーしなさいよ!ってこと。
第3条 秘密保持
臨床業務従事中に知り得た事項に関しては、専門家としての判断のもとに必要と認めた以外の内容を他に漏らしてはならない。また、事例や研究の公表に際して特定個人の資料を用いる場合には、来談者の秘密を保護する責任をもたなくてはならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
臨床心理士の仕事中にはいろんな秘密を知るけど、「これは他の人と共有しとかないとまずい!」って専門家として判断できるもの以外は秘密を漏らすのは絶対NG!
あと事例発表とか研究で特定の人の資料使う時には、その人の秘密が保護できる形にする責任があるよ!ってこと。
「他の人と共有しないとまずい」という状況とは、例えば「自殺企図」や「自傷他害」、「DV・虐待・いじめなどで危機的な状況にある」「犯罪に巻き込まれている」といったケースなどを指します。
私のイメージとしては「秘密を守ること」が、クライエントの心身を危険に晒すことが予想できる場合には秘密を守ることより共有することが上回ると思います。
もちろん、その場合でも共有した方が良いと考える理由など説明して、クライエントさんにできるだけ納得してもらうよう努める必要はありますが。
第4条 査定技法
臨床心理士は来談者の人権に留意し、査定を強制してはならない。また、その技法をみだりに使用してはならないとともに、査定結果が誤用・悪用されないように配慮を怠ってはならない。さらに、臨床心理士は査定技法の開発、出版、利用の際、その用具や説明書等をみだりに頒布することを慎まなければならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
臨床心理士はクライエントが納得していないのに無理やり心理テストとかさせちゃダメ!なんでもかんでもすりゃいいってもんじゃないよ!
あと、心理テストの結果は誤用・悪用のリスクがあるよ。どう使われるかをちゃんと配慮するところまでが査定です。
あと、心理テストって1回しかできないマーダーミステリーみたいなもんだから、その辺に用具とか説明書とか印刷して配ったり、ネット上に載せたりしてはダメ。ネタバレ禁止。
ロールシャッハの図版をデザインにしないで!!!っていうのもこういう理由から…
第5条 援助・介入技法
臨床業務は自らの専門的能力の範囲内でこれを行い、常に来談者が最善の専門的援助を受けられるように努める必要がある。臨床心理士は自らの影響力や私的欲求を常に自覚し、来談者の信頼感や依存心を不当に利用しないように留意しなければならない。その臨床業務は職業的関係のなかでのみこれを行い、来談者又は関係者との間に私的関係及び多重関係をもってはならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
臨床心理士はクライエントが考えうる限りの最善の援助を受けられるように努めましょう。
あと、クライエントは「苦しみから逃れたい」とか「助けてほしい」と思って、臨床心理士を信じて来てくれている。時には依存に近いかもしれない。そんな信頼や依存を自分の私利私欲のために使ったらダメ!自分の影響力や欲求をよ~~~く自覚しておくこと!
あと、クライエントや関係者との間にプライベートな関係とか多重関係を持っちゃダメ。仕事での関わりだけに留めておくこと。
多重関係とは「カウンセラー-クライエント」であると同時に「親-子」だったり、「彼氏-彼女」だったり、「上司-部下」だったりと、色んな関係性を持つこと。
お互いの利害関係が絡むので、カウンセリングで「何でも話して」と言われても話せなくなる=カウンセリングの意味がなくなるので良くない!
第6条 専門職との関係
他の臨床心理士及び関連する専門職の権利と技術を尊重し、相互の連携に配慮するとともに、その業務遂行に支障を及ぼさないように心掛けなければならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
自分以外の臨床心理士や専門職を尊重しましょってこと。
「俺が!俺が!」ではダメ。
第7条 研究
臨床心理に関する研究に際しては、来談者や関係者の心身に不必要な負担をかけたり、苦痛や不利益をもたらすことを行ってはならない。研究は臨床業務遂行に支障をきたさない範囲で行うよう留意し、来談者や関係者に可能な限りその目的を告げて、同意を得た上で行わなければならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
研究はクライエントや関係者の心や身体にダメージを与えてはダメ。
クライエントの心や身体をサポートするのが仕事なんだから、そこに支障をきたさない程度に研究するってのが筋でしょ。あと、可能な限り研究の目的を伝えて、同意を得てから研究しましょう。
本当は目的を全てまるっと伝えてから研究する方が倫理的だけど、臨床心理の研究は目的を全部伝えると成り立たなくなっちゃうので、「可能な限り」。
第8条 公開
心理学的知識や専門的意見を公開する場合には、公開内容について誇張がないようにし、公正を期さなければならない。特に商業的な宣伝や広告の場合には、その社会的影響について責任がもてるものでなければならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
臨床心理士が心理学的な知識や専門家としての意見を公開する時には、はっきり正しいことを言いましょう。誇張するのはダメ!
特に宣伝や広告を打つ時に「あなたのうつ病100%治します」「発達障害は治る!?」みたいな、責任もてないものやみんなを混乱させるようなものはダメ!社会的影響を考えましょう。
第9条 倫理の遵守
臨床心理士は本倫理綱領を十分に理解し、違反することがないように相互の間で常に注意しなければならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
臨床心理士はこの倫理綱領をよ~~~~く理解して、違反がないかを相互にチェックしなさいよ!ってこと。
倫理…ヨシ!
第10条 倫理申立て及び処分への対応義務
臨床心理士は、本協会に置かれる倫理委員会に申立てがなされた場合、同委員会が行う面接調査等の業務に協力しなければならない。臨床心理士倫理規程に定めた処分が確定し、その通知がなされた時点で、処分を受けた臨床心理士が、臨床心理士養成のための大学院専門職学位課程若しくは臨床心理士受験資格に関する指定大学院(以下、「臨床心理士養成大学院」という。)の指導教員である場合又は日本臨床心理士会若しくは都道府県臨床心理士会(以下、「臨床心理士会」という。)の会員である場合、処分を受けた臨床心理士は、臨床心理士養成大学院及び臨床心理士会の一方又は双方に対して処分を受けた事実と内容について、速やかに報告しなければならない。
臨床心理士が受けた処分が、「一定期間の登録停止」又は「登録の抹消」の場合、処分を受けた臨床心理士は、速やかに臨床心理士資格登録証明書(IDカード)と臨床心理士資格認定証(賞状形式)を、本協会に返納しなければならない。
日本臨床心理士資格認定協会「臨床心理士倫理綱領」
倫理委員会に申立てがなされたら、臨床心理士は面接調査などに協力しないといけない。
もし、処分を受けた臨床心理士が「指定大学院の指導教員」であれば、勤務している大学院に処分について速やかに報告しないといけないよ。
あ、日本臨床心理士会や都道府県臨床心理士会の会員も、所属している臨床心理士会に処分について報告しましょう。
処分の内容が「一定期間の登録停止」又は「登録の抹消」の場合、IDカードと賞状形式の資格証は返納してもらいます…ってこと。
第10条は令和2年5月28日の改正で新たに設けられました。資格認定協会も「これまで以上に倫理問題の処分をちゃんとしなきゃ」という問題意識を感じているのかも。
臨床心理士の倫理問題への処分は?
臨床心理士が倫理問題を引き起こした時に、下る可能性のある処分は以下の3つです。
・厳重注意
・一定期間の登録停止
・登録抹消
なお、問題がない場合は「不問」となります。お咎めなし!
厳重注意と一定期間の登録停止の場合、臨床心理士としての倫理意識向上を目的とするスーパーヴィジョンを受ける…などの附帯事項を加えることもあるようです。
また、上記3つの処分に加え、
・処分の対象となった臨床心理士の氏名・処分内容を、臨床心理士報と日本臨床心理士資格認定協会HPにおいて公示する
・必要に応じて関係機関に通報する
といった対応が取られます。
実際、臨床心理士報第32巻第1号では処分者の名前が掲載されていて話題になりました。
ただ、どういう事例で処分が下ったのかは不明。同じ過ちを繰り返さないために情報共有は必要な気もするけれど、個人情報として配慮があるのかも…?
「倫理違反をしている臨床心理士がいる!どこに連絡すればいい?」「臨床心理士の倫理違反で適切な支援を受けられなかった!」という場合の相談窓口を知りたい方は下の記事をどうぞ。
おわりに
臨床心理士にとって「倫理」はとても大事なものですが、倫理綱領を丁寧に読む機会は意外と少ないかもしれません。
しかし、違反した際に「知らなかった」では済まないのも事実です。
また、倫理違反はもちろん、法律違反も絶対NG。
「Q&Aで学ぶカウンセラー・研修講師のための法律」は、臨床心理士として働いていく中で知っておきたい法律知識を分かりやすく学べる本です。
自分の足元がふわふわしていると良い支援はできません。
倫理綱領も法律もしっかり押さえて、クライエントさんはもちろん、自分にとっても安全で良い形のサービスを提供していきましょう。
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