子育ての「ワンオペ育児」が問題視されている背景に「甘え」と「自己責任」論があるという話

雑記

最近、ワンオペ育児が問題視されています。

それに伴って「父親の育児不参加」が指摘され、父親は責め立てられています。

育児をする父親は「イクメン」と呼ばれ、賞賛される一方で「母親は当たり前に育児をしているのに父親が育児をしたらイクメンか!!」とママたちのお怒りの声もあります。

私は、そもそも「育児を家庭内で完結させないといけないこと」に全ての問題があると考えています。

今回はそんなワンオペ育児と自己責任の話です。

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日本の「甘え」文化と「自己責任」の風潮

日本では「自己責任」という言葉が最近とても流行しています。

これは何故なのか考えると、結局のところ「甘え」に帰結するように思います。

つまり、日本社会は家庭に甘えているのです。「家族なんだから子育てするのは当たり前」と。

本当は少子高齢化や労働力の減少など、子供がいないと困るのは社会や国なので、そこは社会や国が支えないといけないんですよね。普通に考えれば。

だけど、社会や国は「そこは家庭でやってよ。家族には無条件で愛情注げるでしょ」みたいな雰囲気で全て投げてくるんですよね。

佐藤セイ
佐藤セイ

明確に「こうしろ」と命令しないのがポイント!あくまで「できるよね?ね?」という空気を漂わせてくるのです。

その甘えに乗れないと「自己責任!」と言われ、「そんなこと言うなら子供なんて作るな!」と言われるわけです。

で、子供作らなかったら「少子高齢化が!」「労働力が!」など騒ぎ立てる。

なかなか、わけのわからない状況です。

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自立することは頼りまくること

「自己責任」が叫ばれる世の中で、誰かに頼ることは悪いことのように思われがちです。

でも、それは特定の1人にべったりと依存してしまい、相手に大きな負担を与えるからです。周りに頼りまくれば、相手に与える負担を分散させることができます。

「甘え」に1人で応え続けると限界に達した時に激しい攻撃に出がち

どれだけ可愛い子供や恋人でも、ずっと「甘え」を受け止め続けると「1人の時間が欲しい!」「友達と遊びたい!」と感じますよね。

それでも笑顔で我慢していると、限界に達した時に、虐待したり、急に別れを切り出したりと突発的な行動になってしまいがちです。

子供や恋人にとっては晴天の霹靂。

本当は「しんどいよって言えないけど察してほしい」っていう自分の「甘え」もあるにはあるんですけど…

でも、相手が「聞き流す」とか「言われても困る」っていう態度を取る人だと、「しんどい」って言うだけ虚しくなることもありますし、「しんどいなんて言うだけ無駄だ」と思わされるんですよね。

それで「しんどい」を言えないまま、ストレスを溜め込んで大爆発し、「なんでもっと早く言わなかったの」と責められるという負のスパイラル…。

頼りまくることが結局「甘え」にしっかり応える余裕につながる

逆に幼稚園や保育所などで子供と離れる時間や、1人の時間をたっぷり取った後に恋人と会えば、一緒の時間をさらに大切にしようと思えます。

それは子供や恋人の甘えが自分だけでなく、複数に分散されて、自分の気持ちに余裕ができたからです。

「自己責任」という視点から考えるなら、自分の気持ちに余裕を持つために、あえて頼ることも「責任」のうちなのかな、と思うのです。

頼りまくることで相手も甘えられないフラストレーションを分散できる

自分に甘えたい子供や恋人の不満や動揺も軽減することができます。

子供や恋人にとって甘える対象が自分しかいなければ、当然ずっと自分に甘え続けてきます。それは結構大きな負担です。それで逃げようとするとさらに激しく甘えられる…。

「愛が重い」というやつです。

でも、甘えられる先をたくさん用意しておけば、相手も納得しないまでも、多少余裕ができます。

1番に甘えたいのが自分でも、「まぁしゃーねぇな」と思ってくれる、はず!

「ワンオペ育児」で責めないといけないのは父親ではなく国や社会

「ワンオペ育児」と聞くと「父親は何してるんだ!」「母親は仕事も子育てもしてるのに父親は仕事だけなんて!」みたいに父親が責められまくるのをよく見ます。

だけど、何度も言うように「ワンオペ育児」になってるのは社会や国が悪いですよね。

まず、社会や国が「父親も育児参加する」という前提を全く成立させていない。父親を父親にする制度が不十分すぎるんですよね。父子手帳でも何でも、父親だからやるべきことを担わせないと。

「産む」というイニシエーションもないんだから、何か彼らにもイニシエーションが用意すべきだと思うんです。

それに育休取ろうとしても「えぇ?男が育休?」という態度を示す会社はまだまだ多い。

こういう会社に「おバカ!少子化進んだら経済が死ぬんやぞ」と国がしっかり叱って、みんなの育児への価値観を変えていかないと、結局女性の負担は減らないし、「それなら子ども産みたくない」って思ってしまうのは当然。

こういうことをせずに「イクメンいいよね」「男が育児しないのって駄目だよね」と変に父親個人の問題に丸投げして、自分たちは何の取り組みをしない国・社会って何なんだろう…と思います。

佐藤セイ
佐藤セイ

もちろん、国や社会がすごーく頑張った上で、育児しない父親はそりゃその父親個人が悪いですけどね。

「でも家族だから」「母親だから」と思い込んでいる母親側の「甘え」

一方で母親の側にも「甘え」がすごくあるなと思います。

「母親だから仕方ない」「母親はこうすべき」という考えを抱え込み、その場から逃げない「甘え」です。

責任感のようですが、長い目で見ると母親本人にも子どもにも良い影響を与えません。

世の中には助けてくれるサポートもあるのに「でも自分がやらないと」「でもお金がかかるから」「でもやっぱり愛情は母親が与えないと」…と自分に言い訳して、自分が背負って、悲劇のヒロインになることで自分の本当に直視すべき問題から目を背けてしまう。

たぶん最初はつらい時期を乗り越えるための言葉だったんだと思うんです。

でも、それがいつしかつらい中に自分を閉じ込める呪いの言葉になっている。

自分の呪いに甘んじることなく、外に目を向ける勇気が必要です。

案外、誰かが手を差し伸べていることもあるんです。

佐藤セイ
佐藤セイ

しんどいときって視野がめちゃくちゃ狭くなってしまうので、しんどいときほど差し伸べられた手に気づきにくくなります。

あと、変わることにはエネルギーが必要だから「しんどいけどこのままでいいや」ってあきらめてしまうことも…。

無理に頑張って限界がきた時に社会から投げかけられるのは「頑張ったね」じゃなくて「自己責任」の言葉。そんなの悔しいじゃないですか。

せめて差し伸べられた手を取る勇気を持てると良いなぁと思います。

終わりに:日本の将来まで背負わず自分らしく生きればいい

少子高齢化で日本が滅びても、私たちは困らない。

江戸時代はもっと人口少なかったし、スマホなかったし、ネットもなかったし、飢饉はあったし。それでも日本滅びてない。

世界大戦で負けたけど、日本滅びてない。

人口が減るところまで減ったら、数百年後にはまた増えているかもしれないし。

多分、何とかなるから、日本の将来なんて憂いずに、自分の生きたいように生きればいいと思います。

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