うつ病にかかると「ネガティブフィルター」によって自分がコントロールできなくなる話

雑記
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「ネガティブフィルター」とは

ネガティブフィルターは孤独を生む

うつ病に限らず、あらゆる病で余裕がなくなったとき、人は目や耳にフィルターがかかる。

みんなが楽しそうにしていると「自分は仲間外れだ」と思う。

みんなが心配してくれると「自分が空気を悪くしている」と思う。

優しい言葉はすべてネガティブに聞こえる。

「手伝うよ」は「1人ではできないでしょ」

「大丈夫?」は「お前はおかしい」

「頑張って」は「甘えるな」

落ち着いている時に受け取れば、優しい言葉たち。

だけど、苦しい時には鋭い刃でしかない。

どれだけ本人を思って接しても、本人のフィルターが外れるまではずっとネガティブ変換されてしまうから、周りもつらい。

力になりたくてかけた言葉が、本人に突き刺さっていく。

そんなつもりじゃなかったのに、傷つける。

傷つけるのが怖くて離れていく人たちの後ろ姿を見て、「嗚呼、やっぱり私は1人なんだ」と思う。

本当はそうじゃないのに、悲しくすれ違う。

だけど、かけてもらった言葉たちはちゃんと覚えている。無駄じゃない。

ちゃんと、本当に込められた想いに気づけるときは来る。

それが明日か、1年後か、それとももっと先かは分からないけれど。

自分を取り戻すのは難しい

自分で自分をちゃんとコントロールするのは、簡単なようで難しい。

心も感情も。思考も価値観でさえも。

親の言動に振り回される自分

周りと比べて出来ないことの多い自分

過去の自分や周りの人たちが「ネガティブフィルター」を作り上げて、どんどん目や耳を覆っていく。見えないし、聞こえない。口にも貼られて息苦しい。

自分のものさしがなくて、自分のハンドルを自分で握れなくて、

それでも「自分」で何かしたくて、「せめて最期くらい自分で」という思いがふとよぎる。

でも、別に最期じゃなくても自分でコントロールしなおすことはできる。本当は。

でも、それも心が落ち着いている今だから思えること。

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ネガティブフィルターをはがすために

全部はがすことを目指さない

苦しみのさなかで、そう思えるきっかけを得る方法があるのかと言われると、とても難しい。目の前が「苦しみ」で覆われているから。

少しずつフィルターをはがしていかないといけない。

苦しみは、赤・青・黄色・緑とかいろんな色のセロハンみたいなものが、たくさん重なったがために、視野が真っ暗になっている感じ。

全てのフィルターが剥がれなくても、青と黄色が重なって緑色の状態なら、そこそこ世界は見られる。

むしろ、重なった色を「キレイだ」と思えるかもしれない。

これまでと違った色に気づけるかもしれない。

それで十分。

むしろ、それが自分の「カラー」になるかもしれない。

最後に

1番思い通りにできるはずの自分が、こんなに思い通りにならないなんて、変な話だなーと思う。

生まれてから死ぬまで、長い付き合いになる「自分」だから、上手に付き合っていきたいものですが。

コントロールはできなくても、まぁ、まずは友達になろうか。

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