「死にたい」という気持ちは正論で何とかできる相手じゃない

雑記
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「死にたい」という気持ちに襲われるとは?

朝起きると死にたかった

今日は朝起きた瞬間から「死にたい」が心の8割を占めていた。

残りの2割で、死なないための思考を巡らせるけど、難しい。

その思考の正しさは納得できるのに「死にたい」が上回るから。

多分、我慢してきた「面倒くさい」が積み重なって

「全部放り出したい」→「死にたい」になっている気がする

「死にたい」から逃れられない

「死ぬくらいなら、全部放り出せばいい」と思うけど、「放り出した後も生きていかなければならない」というのも、また苦痛。

「自分は普通の人にできることにも耐えられない、みじめで情けない人間だ」と思ってしまうから。多分、私の周りの人は誰もそんなこと思っていない。でも、私がそう思ってる。

「死にたい」に正論は無意味。「死にたい」に私の主体性はない。「死の欲動」って言葉が本当にぴったり。フロイトは天才だなぁ。

だから「私」が正論を受け止めてもどうしようもない。ただ、その欲動が収まるのを待つか、薬物・酒・自傷なんかで一時的にごまかすしかない。後でしっぺ返しは来るけど。

待ちわびた漫画の発売日、予約しているDVD、奮発した旅館、色々あるし、楽しみなんだけど、それは分かっているんだけどねぇぇぇぇ。

「死にたい」になると、未来のこととか考えられない。「今、死にたい」ってことが重い。

だから何とか「今」を乗り切らなくちゃいけない。

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今「死なない」ための方法

とにかく「今」を一刻一刻つぶしていく

とりあえず、「死にたい」を考えずに済む、時間つぶしをたくさん用意する必要がある。

観たいドラマや映画を普段からピックアップしておく。

「死にたい」状態になると、選択することすら億劫なので、何も考えず再生できるようにしておくと安心。

読書はしんどいかもしれない。軽く読める漫画がおすすめ。

こういう漫画を読んで、自分の状態を客観視するのも、少しだけど「死にたい」と距離を置けていい。

「死にたい」を外に置いておくのも良い

あと、ブログを書くのも、「死にたい」を外に発散できるので、少し楽になる。

Twitterでもいいけど、手軽すぎて、「こんなこと言わない方が良かった」と後悔することも多いので注意が必要。さらに「死にたい」になるリスクがある。

生きるよりも「死なない」を優先

真面目な人ほど「ちゃんと生きる」ことを目指しがちだけど、「死にたい」時に、「ちゃんと生きる」なんて無理。

ただ、呼吸をして、身体に悪いことをしないだけで、かなり優秀。

とにかく「死にたい」ときは、不格好でも「死なない」ことを目指したい。

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